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黒河?騰衝線(とうしょうせん)という中国地理上の考え方がある。ロシア国境、黒竜江沿いの黒河市から、ミャンマーに接する雲南省騰衝市まで、中国本土地図を斜めに横切る線を描いたものだ。1930年代に中国人地理学者が着目したラインである。

从黑河·腾冲线这个中国地理上的一条分割线来考虑。从沿着俄罗斯国境、黑龙江的黑河市,到与缅甸相接壤的云南省腾冲市,这条斜穿中国本土地图的线。是1930年代中国地理学家着眼的一条线。



このラインを挟んで、西部は国土面積の約6割、東部は約4割を占めていた。ところが人口比では西部はわずかに4%、東部が96%と圧倒的だった。驚くべきことに、これらの比率は21世紀に入ってもほとんど変化していない。現在なお、東部の4割の国土に9割以上の人間がひしめいている。

隔着这条线,西部国土面积约占6成,东部约占4成。但是,人口比例方面,西部仅占4%,东部则占96%。令人惊讶的是,这些比例进入21世纪也几乎没有变化。现在,东部的4成的国土中挤满了9成以上的人。





遠い昔から、中国人にとって西の方は特別な思い入れの対象だった。紀元前2世紀、前漢は武帝の時代である。張騫(ちょうけん)は、カザフを経てバクトリアに至った。当時の大月氏の勢力圏である。良質な馬を産し、稲作、麦作が行われていたそうだ。住民たちは、ワインを嗜む豊かな生活を送っていたらしい。張騫のミッションは、大月氏と漢とで匈奴(きょうど)を挟撃するための調略であり、それ自体は上首尾にいかなかった。しかし、彼のもたらした数多の西域情報は、中国中原の西域への思いを大いに醸成したようだ。

从很早以前开始,对中国人来说,西边是特别的令人着迷的地方。公元前2世纪,西汉的汉武帝时代。张骞就经过了哈萨克斯坦到达了巴克特里亚王国(今帕米尔高原以西的地方)。当时是大月氏的势力范围。据说出产优质的马,稻子,麦子。居民们过着嗜酒的富裕生活。张骞的任务是为了让汉朝与大月氏一起夹击匈奴而作为使者出使,虽然他的任务成果不是很好。但是,为中原带来了众多西域的情报,大大地酿成了中国中原对西域的思念。


後漢の班超は、部下を大秦国(ローマ帝国)に派遣しようと試みた。これ自体は地中海に阻まれて失敗したものの、当時すでに中国人の上層部がローマ帝国を強く意識していた史実を物語っている。同時期、後漢の領地であった越南には、ローマ皇帝マルクス?アウレリウスの使者が訪れたと伝承されている。

东汉的班超还试图将部下派往大秦国(罗马帝国)。这个任务本身也是被地中海阻碍而失败了,但是说明了当时中国的上层已经强烈意识到罗马帝国的历史事实。同时期,在东汉的领地越南,据说有罗马皇帝马克思·奥勒利乌斯(音译)的使者造访过。


このように形成されたシルクロードは、中国の都人にもエキゾチシズムあふれる憧憬を作り出していた。世界史三大美女と称えられる楊貴妃は、唐の玄宗皇帝の愛姫であるが、トルコ系突厥(とっけつ)族の血を引いていたともいわれている。

这样形成起来的丝绸之路,也创造了中国的都市人对于充满异国情调的憧憬。被称为世界史三大美女的杨贵妃是唐玄宗皇帝的爱姬,据说她继承了土耳其系突厥族的血统。


西部に感じる「ロマン」

在西部感受到的“浪漫”


時代が下って14世紀、明の時代になると鄭和(ていわ)の大航海だ。その100年後のコロンブスの船と桁違いの巨艦に座乗した鄭和の辿ったコースが、海のシルクロードに他ならなかった。

时代变迁后的14世纪,到了明朝郑和的大航海时代。当时郑和乘坐的豪华巨舰,甚至100年后哥伦布的船都与其相差悬殊,我们沿着郑和的路线,那就是海上的丝绸之路。





日本は、昨年来、中国との第三国協力を進めている。安倍総理と中国の相互訪問も日程に上ってきた。日中両国が歴史問題ではなく、歴史ロマンを共有できないものだろうか。

日本自去年以来,一直在推进与中国的第三国合作。安倍总理和中国的互访日程也提上了。中日两国之间有的除了历史问题外,难道不能共有这样的历史浪漫吗?


唐の大詩人李白は、長安の都で『少年行』と題して詠んだ。「銀鞍白馬度春風、落花踏尽遊何処、笑入胡姫酒肆中」。ちょっとバブリーな青年が、春の最中、銀の鞍の白馬で花を踏みしめ、ひょいと覗いたパブ。店には美しいイラン系のギャルが待ち受ける。にやりともするだろう。

唐朝大诗人李白在长安都以《少年行》为题作了一首诗。
“银鞍白马度春风,落花踏尽游何处,笑入胡姬酒肆中”。
有一点不受欢迎的青年,在春天的最盛时期,骑着银鞍白马踩着花,偷偷地窥视了一下酒馆。店内美丽的胡女在等着。看到此情此景会微微一笑的吧。


そういえば、李白の学遊仲間の一人が、日本から来ていた阿倍仲麻呂であった。

说起来,李白当年的游学伙伴之一就是从日本来的阿倍仲麻吕。


川村雄介◎1953年、神奈川県生まれ。大和証券入社、2000年に長崎大学経済学部教授に。現在は大和総研特別理事、日本証券業協会特別顧問。また、南開大学客員教授、嵯峨美術大学客員教授、海外需要開拓支援機構の社外取締役などを兼務。

作者简介:川村雄介◎1953年,出生于神奈川县。进入大和证券公司,2000年成为长崎大学经济学部的教授。现在是大和总研特别理事,日本证券业协会特别顾问。同时,兼任南开大学客座教授、嵯峨美术大学客座教授、海外需求开拓支援机构的公司外董事等。